関東煮VSおでん


「おでん」とは

物心ついたら、「おでん」が身近にありました?

上方にはありませんでした。今だに、「やっぱり、『かんとだき』

 やで」と思てるもんです。『関東煮』です! カントウダキとか

カントウニ 呼んではいけません。 

『関東煮屋』は 『かんとだっきゃ』 と発音しなくては別の店

になってしまうのです。「関東の食べ物なんか真っ黒けで、辛うて

食べられへんで・・・」と言うてる上方人が、何でわざわざ、

『関東煮』などという名前をつけた、味の濃い煮物を作ったのかは

もう、立派な上方七不思議の一つでしょう?

その謎を解き明かす時が、とうとうやってきたのです。

「上方食文化 世界を夢見て世紀を越える!」

 『関東煮』はおそらく、幕末に、上方で、流行ったのではないか

と推察されるのですが,20世紀末の或るとき、どこからともなく

やってきて、全く別物に変化して、紅茶キノコのように、異常繁殖

して、近所の便利屋の「出し」の中に身を潜ませるようになったの

「おでん」です。筋の通った上方人は、皆「おでん」という食べ物は

「乱世の食べ物」と思って付き合うてたんですが、何と、新世紀に

入っても、留まるところを知らず、堂々と、幅を利かしはじめたから

えらい事です。乱世が続いている証拠でしょう。

 今の子供は、物心ついたら、「おでん」を食べてるんです。

全国津々浦々で・・・気色悪う・・・!日本全土で、国民が、

しょっつる鍋に、きりたんぽを当たり前に食べたら変でしょう!

 そもそも、「おでん」とは、どこの食べ物で何時からあるので

しょうか?北は、利尻島・南は、種子島の人に聞きましたところ、

「おでん」なる物は存在しませんでした。秋田も、岩手も、岡山も

大根がベースです。大根に、お揚げを入れ、竹輪を入れ、蒟蒻を入れ

るのです。大阪では、大根と、「お揚げ」「イカ」「さばの頭」

(船場汁)が一般的で、

ぶり大根や、手羽先大根は「ごっつぉ」やったもんです。

 「大根煮」と「おでん」と「関東煮」はどう違うのか?

いよいよ、心髄へとせまりますが、まずは、「おでん」に何をつける

かという本題からで・・・「おでん」と「関東煮」は別の食べ物や、

と思てる人は、カフェバーのような洒落た「おでんや」で、ロール

キャベツ(?)が出てきても、何にも感じずに、ケチャップでもソー

スでもかけられるのです。何たらのベーコン巻きがあっても、お揚げ

の中にチーズやツナが入ってても、注文してから、出しの中に入れて、

東京ねぎがとろとろにならんと、しゃきしゃきのままお皿の上にのっ

てる「ねぎま」を見ても、「おでん」やから しゃあないなあ・・・

と思てるんです。大根に柚子こしょう、つみれにオリーブオイル、

ごぼ天にタバスコなんかつけて、「おしゃれ!」と喜んだりもしてます。

「菊菜」というおでん種は、出しの中に菊菜を入れて、火が通ったら、

お皿に入れてくれるのです。たぶん、「せり」もそうでしょう・・・

そうなんです! 菊菜や、せりの炊いたんも「おでん」になってしまっ

てる昨今です。

天ぷらの中に「餃子」が入って「ギョウテン」してもええのとちゃい

ます? 21世紀ですもん!

ですから、「おでん」を、おうどんの中に泳がせようが、ラーメンの具に

しようが、スパゲティのトッピングにしようがいいのです。もちろん、何

をつけてもOK。マヨネーズ・マスタード・ケチャップ・・・

21世紀の全国版の「おでん」は、ハンバーガーと同じ物をつけてもかま

いません。 しかし、しかし!    「関東煮」は、洋ガラシと決まっ

てるのです!!!

「関東煮 世界を夢見て、世紀を越える」・・・関東 西洋の2つのキー

ワードでせまりましょう!



注・菊菜=春菊と同じような菜っ葉です。香りもよく似てます。でも、

別のものです。


関東煮のノスタルジア

 関東煮幕末説というのは、もしかしたら、私1人の妄想・・・?と

思ったので、
昔のチャンバラ仲間に電話したところ、

「あの・・・ナア、俺ら、ボーナス出やへん言うし、会社かて、いつ


びくびくしてんねんで。世の中かてそやんか!北朝鮮とややこしい事

言うとるし・・・ジングルベルの代わりに、軍艦マーチ流しよるかも

しれんちゅう時にやなあ、坂本竜馬が、関東煮 食うてたかどうか

てな事、言うててもええのんか?幸せやのう・・!」

と、めいっぱいに言い返されて、落ち込みかけたんですが、逆に、

このシリーズの間に、何とか、実証出来へんかと、勇気が湧いてきた

というもんです! 「関東煮」を考えはったんは、坂本竜馬さんと違

うやろか? と思ったのは、小学生の時です。毎日の遊びが、お定ま

りのチャンバラごっこで、美空ひばりさんに続き、テレビでも、松山

容子さんの「琴姫七変化」が市民権を得てたので、女子でも、チャン

バラで主役がはれるようになってた頃でした。夕方になると、1人減

り、2人減りしていきますが、中々家には、帰りたくないもんで、こ

の心境は、今のサラリーマンと全く同じやと思いますけど・・・?

特に冬の夕方は、今みたいに、あちこちに、電気の灯りが灯ってるわ

けではないので、闇が急速に襲い掛かってきて、恐かったんです。

そんな時の救いが、「あてもんや」と呼ばれてた、駄菓子屋の店先で、

湯気のあがってる「関東煮」のお鍋です。1コ5円で、厚揚げ・竹輪

・大根・じゃがいも・こんにゃくが主でした。卵のような、贅沢なも

のはありませんでした・・・そういう時代です・・・

(これは、駄菓子屋さんの、『かんとだき』の事です)

 当時観た、映画かテレビの影響でしょうが、新撰組ごっこをやって

たんやと思います。皆帰ってしまうと、残った者は、近藤さんも、

土方さんも、坂本さんも、月形さんも全員同志です。仲良く、お鍋の

ふたを開けて、中の、関東煮を1コ選ぶのが、又楽しいんです!おの

おのの、キャラクターからして、この、都会的ワイルドな「関東煮」

は坂本竜馬にぴったりやと思いませんか? 西洋のからしをたっぷり

つけて、「関東」を丸ごと食べるんですから、これは、もう世界へ羽

ばたかんと、どないもならんでしょう!


つまり、「西洋」と「関東」を丸ごと食べるこの醍醐味が、「関東煮」

(かんとだき)なんですから!



昔から、そのままの家並み・・・今でも暗闇があります
「滝本」のおばちゃん、昔と変わらず、同じとこに座ってはります。

当時は、おばちゃんの前にお好み焼きの鉄板がありました。

その横に「かんとだき」の大鍋が置いてありました。

もちろん、夏は、「氷」でした。こんなお店が何軒もありました。

ああ懐かしい・・・
海と関東煮

 関東煮の思い出は、真夏の海水浴場です。堺の大浜辺りから、湊、

諏訪ノ森、浜寺あたりの海で、毎年泳いだものですが、何故か、

海の家に必ずと言っていいほど、「関東煮」のお鍋があったんです。

海へ入り過ぎて、冷え切った体で食べる 熱々のこんにゃくは、

ひとしおの美味しさで、この時もやっぱり、洋からしをベタベタに

つけて、はーはー言いながら、眼のまえの大海原をみて、次は、どこ

まで泳げるか、頑張ってみようと、大志(?)をいだいていたわけな

のです。 と、大阪の子には、多かれ少なかれ、「関東煮」に、

きつーい思い入れがあるもんなんです。友達は、「そんなん、お前

だけや」と言いますがいずれにせよ、「関東煮」には、洋からしが、

決まりで、それが、マスタードに変わっても、あかんのです。

洋からしをつけるから、関東煮であって、それがなければ、

「大根煮(だいこだき)」ですよと言われても、反論出来ないんです。

ここのとこは、友達も認めるところで、からしをつけるから、

「関東煮」であって、卵をつけたら、「大根煮」やなあ・・と言います。

そうです、溶き卵ですよ!あの、すき焼きをつけて食べる 溶き卵です。

そういう食べ方も大根煮やったら、かまへんのです。




「おでん」につけたのは

 今回の偏った聞き込み調査で、大阪では「おでん」に味噌をつけてた

事が、解りました。大正から、昭和の初めにかけて生まれた方の証言で

すが、「おでーんさんの、あつあつー」といって、屋台を引いて売りに

来て、こんにゃくの熱々に、甘い味噌をつけてくれたそうです。

その「おでんや」はんは、夏は、わらびもちを売りに来てたと、かなり

具体的な事も解りました。

(全部がわらびもちに変わったわけではないでしょうが・・・)

大阪は、「おでん」は甘味噌 「関東煮」は洋からしと はっきりして

きました。この調査のおかげで、じつに様々なことがわかり、

なにかしら、清清しい気持ちです(?)

 更に嬉しい事に、東京の下町の駄菓子屋さんにも、「おでん」が

あったんですって!

たったこれだけの事なのに、急速に「おでん」に親しみを持つことが

できてるのですから、不思議ですねえ、ちなみに、洋からしはつけな

かったそうです・・・

 反対に、大阪のお隣の京都には、「おでん」も「関東煮」もなかっ

たと聞きました。「おだいの焚いたん」「お揚げさんの炊いたん」

「おいもさんの炊いたん」「おこんにゃの炊いたん」と、それぞれに

こじんまりと焚きはって、「そんな、皆いっしょくたに炊かしまへん」

と言われてしまい、「関東煮」に関しては、「そんなもん 食べしま

へん」とはっきり仰います・・・そうです!今だに、東京へ行くのを

「お下りやすのか」と言う人が確かに京都にいたはりますもんねえ・・

私ら、つい「上京する」って言うてしまうのですが・・・

「関東煮」を受け入れない 京都

「関東煮」と「西洋」を丸ごと食べる 大阪

いやあ、上方の方で、真っ二つになるとは思いもよりませんでした・・

 そして、大阪の町には、「関東煮」と書いてあるところは少なくなり

どの店にも、「おでん」と書かれているのに気が付き、このままでは、

「関東煮」の危機やなあ・・と少々不安になってます。



「和からし」と「洋からし」・・・どう違うんでしょうか?

「正体不明物体」と「風」

 東京のアパートで、おでんを炊いたときに、お鍋のふたをあけて

「はんぺん」のあまりの大きさにびっくりして、どうしょうかと、

どきどきした事がありました。

 ちょうど、当時、「紅茶キノコ」が世界的にブームで、私も誰か

から、10円玉ほどの「キノコ」を頂き、ビンの中で、育ててたん

です。(育てるというのかなあ?)ちょっと成長してきたきた頃に

大阪の舞台で、1ヶ月以上も、留守にして帰ると、もう・・・・!

異常に大きくなってしまってて、急に恐くなって、「隅田川」に

捨てたところが、今は亡き有吉佐和子先生に、「え?生きてるまま

捨てたの?どうなるかわからないじゃない」と言われてしまったん

です。あの「複合汚染」の大作家に、真顔で「生きてるまま?」など

という言い方をされたんで、もう真剣に、川の中で、怪物みたいに

なったら、どうしよう、と毎日川の側を通る度に心配しました。

後に、「エイリアン」を観たときに、これを考えた人は、絶対に

「紅茶キノコ」を飲みながら考えたな、と疑わなかったものです。

 野瀬家では、沈めても沈めても浮かびあがる、はんぺんの紅茶

キノコ現象を、けっこう楽しんではるみたいですが・・・

その「はんぺん」に加えて、「ちくわぶ」というあれ!あやつも、

怪しいでしょう?「竹輪なの?麩なの?」はっきりしてくれへんか

なあ!色も、感触も、紅茶キノコ類ですよねえ?まず、正体不明で

時には、きな粉をつけて食べるんですって!なんで、きな粉をつけ

て食べるおやつみたいなもんを、おでんにいれるの?

 弟のお嫁さんが、東京の人で、このちくわぶが大好物・・・

しかし、最近まで、大阪に売ってなかったので、時々買って帰ると

ことのほか喜びました。

(これで私が、いかにお嫁さんに気を遣てるかわかるでしょう?)

子供達も、大好物になってます。

 そして、或るときの弟との会話のせいで・・・・・

姉 「あのちくわぶみたいなもん、おっちゃんが売りに来たはった

   やろ?ほら、きな粉つけてくれはったやん」

弟 「ああ、『ぺろぺろ』か?」

姉 「そやなしに、白い 半殺しのん」

弟 「ああ、『しがらき』かいな」

姉 「ああ、それそれ、『しがらき』に似てへん?」

弟 「そない言うたら、そやなあ」

姉 「『しがらき』て、何やったん?」

弟 「半殺しやから、米やろ」

姉 「『ぺろぺろ』は?」

弟 「ぺろぺろは・・・ぺろぺろや」

 この会話を横で聞いてたお嫁さんは、何も言いませんでしたが、

「大阪も変なもの食べてるじゃない」と心で思ってるのが、その

まま顔に出てて、以来ちくわぶが我が家で、市民権を得て、

「関東煮」にも、「すき焼き」にも大きな顔をして入るように

なったのです。

 ちなみに、「しがらき」とは、うるち米を袋に入れて蒸した

ものやそうで、半殺しは、

米粒が半分残った状態のおもち 「ぺろぺろ」の方は、正体不明

のままです・・・

(美味しかったんですが・・・)

 話がおおきくそれましたが、もう1つ!

 私が、東京で「おでん」を食べた時にまずびっくりしたのが、

「がんもどき」

えーーっ? 何のもどき? と思ったもんです。なんで、こんな

ややこしい名前を つけたんのやろ・・・可哀想に・・・

どうせやったら、もどきを入れんと、「がん」を入れなさい!

「がん」を!大阪では、「飛龍頭」と書いて、「ひろうす」と

呼び、今流行りの風水師が開運食代表にしたがるような、何とも

ゲンのええ名前やのに・・・・・もどきを食べるのと、

「飛んでる龍の頭」を食べるのでは、勢いが違うでしょうが!

「がんもどき」てな注文の仕方をして「おでん」を食べるから

大阪に勢いがないんですよ。

これを、いつも家の電気工事をしてくれてる、埼玉の鈴木さん

に、話したら、「東京って、「風」ってつくの好きですよね。

「関西風」とか、「手打ち風」って言いません?あれは、にせ

ものですよ って看板だしてるのと同じでしょ?「手打ち」じゃ

ないから「手打ち風」って言うんでしょう?」

なるほど、仰るとおり、それでは一体、この「風」とは何なのか?

 これに、我師匠 桂米朝が見事なサゲをつけてくれました・・・

 極めつけ 「関西風 関東煮」という店がなんと、昭和40年代に

銀座裏にできて、一時は大はやりしたそうです。小松左京先生らと、

わざわざ、その「関西風 関東煮」の店へ行きはったというのです。

米朝  「不思議なとこやな・・・ 東京は・・・」

そこへ、わざわざ行く方は不思議やないんですか?と、

師匠には言えないものです・・・

芝居小屋のご縁

ネットの「おでん博物館」にお邪魔しました。

 凄い!

行ってみたいお店がたくさんありました。

日本最古の店が、大阪のあの「たこ梅」で、江戸時代(1844)

に創業で、「関東煮」やなしに、「広東炊き」というから、きっと

坂本竜馬はんは食べはったやろ、と確信できたような気がします(?)

「たこ梅」は、道頓堀の旧の朝日座の斜め向かいにあり、座るだけで、

ほっとさせてもらえます。三角すいの錫のぐい飲みに熱燗を入れて

「酒」と墨で書いたあめ色になった木札をその横に置いて、それで

お勘定をしはるのですが、木札・山済みのお客さんがけっこう多いの

が印象的です。父は「これは三角すいやから、三杯で1杯や」と数学

的に飲んでました(?)

「たこ梅」というくらいですから「たこ」が事のほか美味しくて、

口の中でとろけるような柔かさです。

父と一緒に行ってたのが、懐かしい思い出となってます。

 は、南座の楽屋口を出て、左の方へ、ちょっと歩い

た所にあって、実に雰囲気のあるお店です。

 焼けた、道頓堀の中座の中に、関東煮屋はんがありましたなあ・・・

何や知らん、芝居小屋と、縁が深いようですなあ・・・


京都の「蛸長」
究極のこんにゃく

 鍋底景気といわれていても、鍋の底には、必ず掘り出し物があると

信じていられたのが、丸いお鍋で、「かんとだき」を食べてた頃で、

掘り出し物は、言わずと知れた「こんにゃく」ここら辺りが大根で、

この辺が厚揚げの縄張りと、おおよその決まりがある中で、ひょっこ

りとんでもないところから顔を見せて、常連客を喜ばしてくれるのが

お鍋の底で遊んでた、ゴンタのこんにゃくです。

「おお、こんなとこに、おったんか!うまそうに、黒なってから・・

よっしゃ、よっしゃ食べたろ食べたろ・・・」となるわけで、気の

きいた「こんにゃく」を5つ6っつ、お鍋の底に隠しとくのが、かん

とだき屋のおやっさんの裏技でもあります。

「3日程前から、その辺でウロウロしとる奴おったら、食うたろか」

とか、「先月からのンくれ!」やの、ひどいのになると、

「しゃあないなァ・・去年あたりから売れ残っとる奴の面倒みたらん

とあかんやろ」という超過激な注文にほくそ笑みながら、よーう味の

しゅんだ、ぷるんぷるんのこんにゃくを出すのが、一流のかんとだき屋

です。なんぼなんでも、1週間も売れ残ってる物なんかある筈はないの

ですが、これは、不思議な事に、長ければ、長いほど、その店への敬意

と、常連度がわかるのです。しかし、おでんにはタブーのセリフばかり

です。特に、近所の例のお庭番の店では、なんと!一定の時間がくると

捨ててしまうそうですので、これらのセリフを店内で言うとどうなるか

どなたか、試しにやってみてください・・・

 いつしか、関東煮とおでんの区別がつかなくなってきたのは、

お鍋が、あの四角い「おでん機」に変わったからかもしれません。

大きなプール状態のところは、まだしも、しきりがたくさんあり、

「ちくわはココ」「大根はココ」と隔離病棟か独房みたいになり、

管理体制が厳しくなると、こんにゃくが気楽に放浪する事も出来ず

近頃、世の中が不景気なのは、鍋底からの希望がなくなりかけてきてる

せいかもしれません・・・

 「ゆんべ、鍋の底から、超1級品が出てきてくれてなあ・・・」と

明くる日の仕事場でも、「まだまだ、希望を持ち続けよう!めいっぱい

気張ろ!」と笑てられるのです。

こういう「ゴンタのこんにゃく」を、早めに店に行っては、ぜーんぶ

買占めはったんが、講談の旭堂南陵師匠やそうで、後から来るお客に

偉そうにもったいつけて、分けてあげはったんやそうですて・・・

これ、究極のこんにゃくの食べ方やと思いません?